日本史講座 日本史史料の攻略(列強の接近と鎖国体制の動揺)

 
戊戌の封事にみる内憂外患
出典:『水戸藩史料』
 当時太平の御世には御座候へ共、人の身にたとへ候得ば甚不養生にて、種々様々の病症兆し居り候間、……右の病症委細ハ筆紙に尽し兼ね候得共、大筋は内憂外患との二つに御座候、内憂は海内の憂ひにて、外患ハ海外の患ひに御座候……内憂起り候て外患を来し候事もこれ有り、外患来り候て内憂を引き出し候事もこれ有り……近年a参州・甲州の百姓一揆徒党を結び、又はb大坂の奸賊容易ならざる企仕り、猶当年も佐渡の一揆御座候は、畢竟下々にて上を怨み候と上を恐れざるより起こり申し候、c島原騒動の後二百年程弓・鉄砲など相用ひ候儀御座無く候処、近頃はややもすれば弓砲を用ひ候様罷り成り候儀、御役人共一と通りに心得候ては相済まざる事に御座候……外患とは海外の夷賊日本を狙ひ候患に御座候。……
   d天保九年戊戌八月朔日   e源斉昭 謹上
注釈: a:1836年に起きた甲斐郡内騒動三河加茂一揆。 b:大塩平八郎をさす。 c:1637年の島原の乱。 d:1839年。 e:史料の筆者、徳川斉昭
 
◆海防論◆
出典『海国兵談』
 当世の俗習にて、異国船の入津ハ長崎に限たる事にて、別の浦江船を寄ル事ハ決して成らざる事ト思リ。実に太平に鼓腹する人と云べし。……海国なるゆへ何国の浦江も心に任せて船を寄せらるゝ事なれば、東国なりとて曾て油断は致されざる事也。……当世、長崎に厳重に石火矢の備え有て、却て安房、相模の海港に其の備なし。此の事甚だ不審。細カに思へば江戸の日本橋よリa唐、阿蘭陀迄境なしの水路也。然ルを此に備へずして長崎にのミ備るは何ぞや。
注釈: a:中国(当時は)。 ★史料の筆者は林子平
 
異国船(無二念)打払令
出典:『御触書天保集成』
 異国船渡来の節取計ひ方、前々より数度仰せ出され之有り。をろしや船の儀に付ては、a文化の度改めて相触れ候次第も候処、bいきりすの船、先年長崎において狼藉に及び、近年は所々へ小船ニて乗寄、薪水食料を乞ひ、去年ニ至り候ては猥りに上陸致し、或は廻船の米穀、島方の野牛等奪ひ取り候段、追々横行の振舞、其上邪宗門勧め入れ候致し方も相聞へ、傍捨て置かれ難き事に候。一体いきりすニ限らず、c南蛮、西洋の儀は、御制禁邪教の国ニ候間、以来何れの浦方ニおゐても、異国船乗寄せ候を見受け候ハヾ、其の所ニ有り合せ候人夫を以て、有無に及ばず、一図に打払ひ、逃延び候ハヾ……。尤もd唐朝鮮琉球なとハ船形人物も相分かるべく候得共、阿蘭陀船は見わけも相成り兼ね申すべく、右等の船万一見損ひ、打ち誤り候共、御察度は之有る間敷候間、二念無く、打払ひを心掛け、図を失はざる様取計候処、専要の事に候条、油断無く申し付けらるべく候。
注釈: a:1806年の薪水給与令文化の撫恤令)。 b:1808年のフェートン号事件のこと。 c:ポルトガルイスパニア。 d:清国
 
天保の薪水給与令
出典:『通航一覧続輯』
 異国船渡来の節、二念無く打払ひ申すべき旨、a文政八年仰せ出され候。然ル処、当時万事御改正ニて、享保・寛政の御政事ニ復され、何事によらず御仁政を施され度しとの有難き思し召しに候。右ニ付ては、外国のものニても難風に逢ゐ、漂流等にて、食物・薪水を乞ひ候迄ニ渡来り候を、其の事情相分からざるニ、一図ニ打払ひ候ては、万国江対せられ候御処置とも思召されず候。これによりb文化三年異国船渡来の節、取計ひ方の儀ニ付き仰せ出され候趣ニ相復し候様仰せ出され候間、異国船と見請候ハヾ得と様子相糺し、食料・薪水等乏しく、帰帆成難き趣ニ候ハヾ、望の品相応ニ与へ、帰帆致すべき旨申し諭し、尤も上陸は致させ間敷候。併びて此の通り仰せ出され候ニ付ては、海岸防禦の手当ゆるかせニ致し置き、時宜など心得違ひ、……聊にても心弛み無き様相心得申すべく候。……
注釈: a:1825年。 b:1806年。
 

 
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