日本史講座 日本史史料の攻略(日清戦争前後の国際情勢)

 
◆条約改正と日清戦争◆
出典『蹇蹇録』
 初志を変ぜず鋭意に世に所謂多数のa輿論なるものと抗戦し、其結果は之が為めに議会は一回解散せられ、某々の政社は禁止せられ、幾多の新聞紙は其発行を停止せられたり。……即ち明治二十七年七月十三日付を以て、b青木公使c余に電稟して曰く、「本使は明日を以てd新条約に調印することを得べし」と。而して余が此電信に接したるは抑々如何なる日ぞ。 雞林八道のe危機方に旦夕に迫り、余が大鳥公使に向ひ「今は断然たる処置を施すの必要あり、何等の口実を使用するも差支へなし、実際の運動を始むべし」と訣別類似の電訓を発したる後僅に二日を隔つるのみ。 余が此間の苦心惨澹・経営太忙なりしは実に名状すべからず。然れども今此喜ぶべき佳報に接するや頓に余をして積日の労苦を忘れしめたり。
注釈: a:対外硬派のこと。 b:青木周蔵駐英公使。 c:この史料の筆者陸奥宗光。 d:日英通商航海条約。 e:甲午農民戦争(東学党の乱)をさす。
 
◆日清戦争の宣戦詔書◆
出典:『官報』
 天佑ヲ保全シ万世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝国皇帝ハ忠実勇武ナル汝有衆ニ示ス
 朕茲ニ清国ニ対シテ戦ヲ宣ス。朕カ百僚有司ハ宜ク朕カ意ヲ体シ、陸上ニ海面ニ清国ニ対シテ交戦ノ事ニ従ヒ、以テ国家ノ目的ヲ達スルニ努力スヘシ。苟モ国際法ニ戻ラサル限リ、各々権能ニ応シテ一切ノ手段ヲ尽スニ於テ必ス遺漏ナカラムコトヲ期セヨ。 朝鮮ハa帝国カ其ノ始ニ啓誘シテ列国ノ伍伴ニ就カシメタル独立ノ一国タリ。而シテ清国ハ毎ニ自ラ朝鮮ヲ以テ属邦ト称シ、陰ニ陽ニ其ノ内政ニ干渉シ、其ノb内乱アルニ於テ口ヲ属邦ノ拯難ニ藉キ兵ヲ朝鮮ニ出シタリ。朕ハc明治十五年ノ条約ニ依リ兵ヲ出シテ変ニ備ヘシメ、 更ニ朝鮮ヲシテ禍乱ヲ永遠ニ免レ治安ヲ将来ニ保タシメ、以テ東洋全局ノ平和ヲ維持セント欲シ、先ツ清国ニ告クルニ協同事ニ従ハムコトヲ以テシタルニ、清国ハ翻テ種々ノ辞柄ヲ設ケ之ヲ拒ミタリ。……更ニ大兵ヲ韓土ニ派シ我艦ヲ韓海ニ要撃シ殆ト亡状ヲ極メタリ。……
注釈: a:日朝修好条規の第一款をさす。 b:東学党の乱。 c:1882年、壬午事変の後に締結された済物浦条約のこと。
 
下関条約
出典:『日本外交文書』
第一条 清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス。因テ右独立自主ヲ損害スベキa朝鮮国ヨリ清国ニ対スル貢献典礼等ハ将来全ク之ヲ廃止スベシ
第二条 清国ハ左記ノ土地ノ主権竝ニ該地方ニ在ル城塁、兵器製造所及官有物ヲ永遠日本国ニ割与ス
   一 左ノ経界内ニ在ルb奉天省南部ノ地……
   二 台湾全島及其ノ付属諸島嶼
   三 澎湖列島……
第四条 清国ハ軍費賠償金トシテ庫平銀二億両ヲ日本国ニ支払フベキコトヲ約ス。右金額ハ都合八回ニ分チ、初回及次回ニハ毎回五千万両ヲ支払フベシ……
注釈: a:清国の朝鮮に対する宗主権を否定した。 b:遼東半島のこと。 ★1895年に(日)伊藤博文陸奥宗光と(清)李鴻章の間で締結。
 
三国干渉
出典:『日本外交文書』
 a露国皇帝陛下ノ政府ハ、日本ヨリ清国ニ向ヒテ求メタル講和条件ヲ査閲スルニ、其要求ニ係ル遼東半島ヲ日本ニテ所有スルコトハ、常ニb清国ノ都ヲ危フスルノミナラス、之ト同時ニ朝鮮国ノ独立ヲ有名無実トナスモノニシテ、 右ハ将来永ク極東永久ノ平和ニ対シ障害ヲ与フルモノト認ム。随テ露国政府ハ日本国皇帝陛下ノ政府ニ向ヒテ重テ其ノ誠実ナル友誼ヲ表センカ為メ、茲ニ日本国政府ニ勧告スルニ、遼東半島ヲ確然領有スルコトヲ放棄スヘキコトヲ以テス。
注釈: a:ニコライ2世。彼は1891年、皇太子として来日し、大津事件津田三蔵に刺されて負傷した。 b:北京
 

 
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