日本史講座 日本史史料の攻略(鎌倉仏教の思想と当時の歴史観)

 
法然の教え◆   ◆参考資料:鎌倉仏教(鎌倉新仏教)一覧
出典『一枚起請文』
 もろこし我が朝に、もろもろの智者達のさたし申さるゝ、観念の念ニモ非ス。又学文をして念の心を悟リテ申念仏ニモ非ズ。たゞ往生極楽のためニハ、南無阿弥陀仏と申して、疑なく往生スルゾト思とリテ、申外ニハ別ノ子細候ハず。……念仏ヲ信ゼン人ハ、たとひ一代ノ法ヲ能々学ストモ、一文不知ノ愚とんの身ニナシテ、尼入道ノ無知ノともがらニ同シテ、ちしやノふるまヒヲせずして、只一かうに念仏すべし。
注釈: 法然は京都の知恩院を本山とする浄土宗の祖。専修念仏を教理とする。主な著作としては九条兼実の求めに応じて書かれた『選択本願念仏集』が有名。
 
親鸞の教え◆
出典『歎異抄』
一 「善人なをもちて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいはく、『悪人なを往生す、いかにいはんや善人をや』と。この条、一旦そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆへは、自力作善の人は、ひとへに他力をたのむこゝろかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。……よりて善人だにこそ往生すれ、まして悪人は」と、抑さふらひき。
注釈: 親鸞は京都の本願寺を本山とする浄土真宗一向宗)の開祖。『教行信証』は主著。 ★この史料は弟子の唯円が著した『歎異抄』
 
日蓮の教え◆
出典『立正安国論』
 若し先づ国土を安んじて、現当を祈らんと欲せば、速かに情慮を廻らし、悤いで対治を加へよ。所以は如何ん。薬師経の七難の内、五難忽ちに起り二難猶残せる。所以「a他国侵逼の難、自界叛逆の難」なり。大集経の三災の内、二災早く顕はれ一災未だ起らず。所以「兵革の災」なり。金光明経の内、種種の災禍一一起ると雖も、「他方のb怨賊国内を侵掠する」此災未だ露はれず、此の難未だ来らず。仁王経の七難の内、六難今盛にして一難未だ現せず。所以「四方の賊来つて国を侵すの難」也。
注釈: 日蓮は山梨県身延山の久遠寺を本山とする日蓮宗法華宗)の祖。他宗を厳しく非難し、題目南無妙法蓮華経)こそ釈迦の正しい教えだと主張。主著『立正安国論』は5代執権北条時頼に提出された。 a・b:元寇を暗示。
 
道元の教え◆
出典『正法眼蔵随聞記』
一日奘問云、叢林ノ勤学ノ行履ト云ハ如何。
 示云、只管打坐也。或ハ閣上、或楼下ニシテ、常坐ヲ営ム。人ニ交リ物語ヲセズ、聾者ノ如ク瘂者ノ如クニシテ、常ニ独坐ヲ好ムナリ。
示云、学道ノ最要ハ、坐禅是第一也。
注釈: 道元は福井の永平寺を本山とする曹洞宗の祖。只管打坐(ひたすら坐禅し、悟りに達せよ)が教理の特色。 ★この史料は弟子の懐奘が著した『正法眼蔵随聞記』
 
慈円の歴史観◆
出典『愚管抄』
 年ニソヘ日ニソヘテハ、物ノ道理ヲノミ思ツヾケテ、老ノネザメヲモナグサメツヽ、イトヾ、年モカタブキマカルマヽニ、世ノ中モヒサシクミテ侍レバ、昔ヨリウツリマカル道理モアハレ二オボエテ、……保元以後ノコトハミナ乱世二テ侍レバ、ワロキ事ニテノミアランズルヲハバカリテ、人モ申シヲカヌニヤトヲロカニ覚エテ、……カクハ人ノオモハデ、道理ニソムク心ノミアリテ、イトヾ世モミダレヲダシカラヌコトニテノミ侍レバ、コレヲ思ツヾクル心ヲモヤスメント思テカキツケ侍ナリ。……
注釈: 史料の作者慈円九条兼実の弟。早稲田では慈円『愚管抄』北畠親房『神皇正統記』は頻出。
 

 
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