早稲田大学日本史過去問(商学96)・全時代のテーマ史〜現代の日本


4 下記のA〜Iの文章を読み、最も不適切なものをそれぞれ2つ選んで、解答記入欄のそれぞれの番号をマークせよ。
 
問A 外交史について
1 7世紀前半から250年以上にわたって展開された遣唐使外交は、中国の文物の流入に大きく寄与したが、894年に菅原道真の建議により廃止されることになった。
2 13世紀後半の2度にわたるモンゴル軍の日本襲来の後、鎌倉幕府は幕府公許の貿易船である天竜寺船を元に派遣した。
3 豊臣秀吉は貿易を活発にするために積極外交を試み、インドやフィリピン、台湾などに国書を送り、来貢を求めた。
4 江戸幕府は日米和親条約で片務的な最恵国待遇、日米修好通商条約で領事裁判権を認める内容の不平等条約を締結したが、これらはその後の条約改正の大きな課題となった。
5 日清戦争の講和条約となる下関条約において、清は日本に対し朝鮮半島と台湾、澎湖島を割譲することを承認した。
 
問B 土地制度史について
1 7世紀半ばの大化改新以降、土地の私有体制はしだいに公地公民制へと変化し、隋の均田法を模範とした班田収授法により、6歳以上の男子に国家のものとなった土地を与えることになった。
2 8世紀半ばに発布された墾田永年私財法により、墾田に関する無期限の私有が認められることになったのだが、当初は身分により所有面積に限度が設けられた。
3 江戸時代を通じて本百姓・水呑百姓は村方三役の自治的支配下にくみこまれていたけれども、土地所有権は認められ、また分地も認められていた。
4 明治初期に作付制限が撤廃され、さらに田畑永代売買の禁止が解除されて、農民に対する生産や土地移動の自由が認められることになった。
5 戦後の第2次農地改革により、在村地主の小作保有地は1町歩(北海道は4町歩)以下とされ、また小作料はすべて金納と定められ、この改革で自作農と自作地が大幅に増加した。
 
問C 沖縄史について
1 8世紀半ばに、鑑真等が中国から日本に来る途中、沖縄本島に漂着した。
2 15世紀初期に薩摩の島津氏は琉球に侵入し、それ以降琉球王国は薩摩藩と清に両属される運命をたどった。
3 1871年の廃藩置県の際に琉球処分が行われ、沖縄県の設置が布告された。
4 第2次世界大戦終了近い1945年4月、アメリカ軍は沖縄本島に上陸し激しい戦闘が展開され、6月には日本守備軍が玉砕する事態に至った。
5 1971年6月に沖縄返還協定の調印が行われ、翌年の5月には佐藤内閣下で念願の沖縄本土復帰が実現した。
 
問D 美術・音楽史について
1 多色刷の錦絵の創始者である鈴木春信は「弾琴美人」などの美人画を描き、一世を風靡した。
2 東海道の宿場町の風景・風俗を描いた葛飾北斎の「東海道五十三次」は、庶民の大きな人気を得た。
3 近代的な音楽教育の重要性を説いた伊沢修二は、旧来の三味線音楽や民謡、能楽などを排して、歌唱教育を開始した。
4 東京大学の哲学教師として招かれたイギリス人フェノロサは、西洋美術を広く普及させることに情熱を注ぎ、岡倉覚三とともに東京美術学校の設立に尽力した。
5 日本交響楽協会の育成に努めた山田耕作は、指揮者としての活躍に加えて「からたちの花」などの作曲面でも活躍した。
 
問E 大正・昭和前期の政治家について
1 立憲国民党の創立にかかわったり、革新倶楽部を組織したりした犬養毅は、政友会内閣の首相時に五・一五事件で暗殺された。
2 大蔵省から政界入りした浜口雄幸は立憲民政党内閣の首相となり、協調外交を方針としたけれども、統帥権干犯問題で右翼に狙撃された。
3 五・一五事件後の挙国一致内閣を組織した斎藤実は、岡田内閣の内大臣時に起きた二・二六事件で暗殺された。
4 日銀総裁を経験した高橋是清は、浜口内閣の蔵相として金解禁を実施し、緊縮財政の推進を図った。
5 陸相経験者である原敬は、若槻内閣崩壊後に立憲政友会内閣を組織し、三・一五事件などを通じて社会主義の弾圧に当たった。
 
問F 戦前の文学について
1 明治後期から昭和前期にかけて活躍した文学者には、耽美派に属する谷崎潤一郎、新思潮派の芥川龍之介、白樺派の志賀直哉などがいる。
2 夏目漱石は反自然主義の立場からロマン的余裕はとして多くの作品を著したが、晩年には「坊っちゃん」などの作品を通じて、人間のエゴイズムと東洋的な悟りの倫理を扱う傾向が強まっていった。
3 大正末期に青野季吉らによってプロレタリア文学が生まれ、雑誌「種蒔く人」を中心に文学作品が次々と発表されていった。
4 自然主義文学は社会の表裏と人間内面の善悪をありのまま客観的に描写しようという傾向を持っており、島崎藤村や武者小路実篤、横光利一の作品にその特徴がよく表わされている。
5 自然主義の流れをくむ広津和郎は早稲田派、反自然主義的傾向を持つ佐藤春夫は三田派と呼ばれ、ほぼ同時期に早慶出身の文学者の活躍が見られた。
 
問G 労働運動について
1 GHQの指令により1945年に公布された労働基準法において、労働者の団結権やストライキ権、団体交渉権が保証されることになった。
2 鈴木文治を中心とする15名の労働者が、1912年に社会政策学者やキリスト教社会主義者などに支持されて友愛会という改良主義的労働団体を結成した。
3 友愛会はその後日本労働総同盟へと発展を遂げ、労資協調主義から階級闘争主義へと変化し、機関紙「労働」を発行した。
4 日本労働組合総評議会(総評)は1950年に反共民主労組として結成され、1989年の連合発足時まで日本最大の労働組合として存続した。
5 1964年に結成された全日本労働総同盟(同盟)は社会党の中心的支持団体であり、民社党を支持する総評との間には明白な政治路線上の対立が見られた。
 
問H 戦後の文化について
1 従来の国宝保存法などを整理し、国宝等の国家的保護を行う目的で1950年に文化財保護法が制定された。
2 文化庁は1968年に設置され、重要な文化財の指定や調査、管理、修理、出品公開などの任務に当ってきた。
3 日本で最初の人工衛星は、1970年に東大宇宙航空研究所により茨城県東海村で打ち上げられた。
4 江崎玲於奈はフロンティア電子理論を開発し、1981年にノーベル化学賞を受賞した。
5 戦後文学の代表的作家である大江健三郎は、1968年受賞の川端康成に次いで日本人として2人目のノーベル文学賞を受賞した。
 
問I 現代の動向について
1 日本の政界には汚職事件が次々と発生してきたが、中でも1976年のリクルート事件では田中角栄前首相が逮捕されるという事態にまで至った。
2 日本は1973年に勃発した第4次中東戦争を契機に、激しいオイルショックに見舞われることになった。
3 日本は1973年に変動為替相場制への移行を余儀なくされた。
4 ベトナム和平協定が締結され、アメリカ軍がベトナムから撤退することになったのはニクソン大統領時の1973年である。
5 1987年に成立した竹下登内閣において、国鉄の分割・民営化や日本電信電話公社の民営化といった行政改革が進められた。
 
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