早稲田大学日本史過去問(政経98)・幕政改革の時代と蘭学・儒学


U 次の史料(1)〜(3)を読み、下記の問A,Bに答えよ。
 
(1) 次の@〜Cは、18世紀後期から19世紀中期における徳川幕府の政治を題材とした落書である。
 @ 年号は安く永しと変はれども 諸色高直いまにaめいわ九
 A どこまでもかゆき所にゆきとゞく 徳ある君のb孫の手なれば
 B 金とりて田沼るゝ身のにくさゆへ 命捨てもさのミおしまん
 C 白河の岸打波に引換て c浜松風の音の烈しさ
 
(2) 和蘭人、我邦ニ通ズルコト古へニ見エズ。旧記ヲ考レバ、 d慶長二年丁酉ノ歳、其舶始テ肥前ノ平戸ニ至レリ。豊臣氏ノ頃ニシテ、今ノe天明三年癸卯マデハ百八十七年ニナレリ。其後、同州長崎ノ港ニ商館ヲ賜リテ、交易ヲ通ズルコトハ、寛永十八年辛巳ノ年ヲ始トス。コレ猷廟ノ時ナリ。コレヨリ今茲天明三年癸卯ノ歳マデハ百四十三年ニ及ベリ。 ……東都城南、f鉄砲洲ト云所ニ、 g蘭化先生ト云人アリ。医ヲ以テ世々中津侯ニ仕フ。天資豪邁ニシテ異書ヲ探リ、奇思ニ耽ケル。
 
(3)   h  先生ノ論語徴ノゴトキ、仁斎先生ノ大学ハ孔子ノ遺書ニ非ザルノ弁ノゴトキ、見ルウチニソノ牽強ノ甚シキヲシル。一旦ハ行ハルベケレドモ、五十七年ニシテ衰ロヘテ、今ハコノ学ヲトナフル人々ハ至リテ少シ。……ユヘニ五井先生非物篇ヲ作リ、i竹山先生非徴ヲツクル。アヽ両非ノ書イデヽ弥以テ  h  氏ノ謬解顕然タリ。
 
A 次の問い1〜8の答えをそれぞれイ〜ニから選び、マーク解答用紙に記せ。
1 下線部分aの年に至る10年足らずの間に、徳川幕府は従来の貨幣制度にはなかった新しい発想に基づく貨幣を相次いで鋳造し始めた。それに該当しないものはどれか。
 イ 五匁銀   ロ 四文銭   ハ 二朱銀   ニ 一分判
 
2 史料(1)―Bの事件で重傷を負わされ、それがもとで死亡した人物の幕府における地位はどれか。
 イ 老中   ロ 若年寄   ハ 側用人   ニ 大目付
 
3 史料(1)―Cの「白河」「浜松」はそれぞれ老中首座となった二人の人物を指している。下線部分cの時に行われなかったものはどれか。
 イ 薪水給与令の再発令   ロ 株仲間の解散   ハ 関東取締出役の設置   ニ 藩営専売の禁止
 
4 史料(2)は大槻玄沢が著した蘭学の入門書である。その書名はどれか。
 イ 蘭学階梯   ロ 蘭訳梯航   ハ 和蘭医事問答   ニ 和蘭通舶
 
5 下線部分dに「慶長二年」「平戸」とあるが、これは史料そのものの間違いであり、史実に反している。正しい年と場所はどれか。
 イ 天文12(1543)年 ― 種子島       ロ 天文18(1549)年 ― 鹿児島
 ハ 文禄元(1592)年 ― 名護屋       ニ 慶長5(1600)年 ― 臼杵
 
6 下線部分gは誰か。
 イ 前野良沢   ロ 杉田玄白   ハ 山脇東洋   ニ 稲村三伯
 
7 空欄hに該当する人物は誰か。
 イ 本居宣長   ロ 荻生徂徠   ハ 伊藤東涯   ニ 太宰春台
 
8 下線部分iの人物が幕府要人に奉呈した著作はどれか。
 イ 草茅危言   ロ 華胥国物語   ハ 柳子新論   ニ 出定後語
 
B 次の問い9〜12の答えを記述解答用紙に記せ。
9 史料(1)―Aの「徳ある君」とは諡号を「有徳院殿」という将軍のことである。下線部分bは誰か。
 
10 下線部分eの年に与謝蕪村が没している。彼が池大雅と合作した絵画の題名を何と言うか。
 
11 下線部分fに所在した中津藩邸内において1858年に蘭学塾を開いたのは誰か。
 
12 史料(3)を著した人物が学んだ学舎を何と言うか。
 
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