T 次の文を読み、後の問に答えなさい。
明治政府は、軍国主義的近代国家の精神的支柱として神社神道を利用しようとした。歴史学者 (1) の論文「神道は祭天の古俗」が神道家や国学者たちに攻撃され、彼が帝大教授の職を辞さざるを得なかったのも、それが国家神道を背景とする神権的天皇政治じたいを冒涜するものと見なされたからである。アジア・太平洋戦争が始まると、学校での歴史教育においても、皇国史観と呼ばれるきわめて国家主義的な傾向がいよいよ強まり、国の始まりにかんしては天照大神や神武天皇を皇祖とする神話が教え込まれた。
そのような時代情況のもと、『記紀』などの厳密な文献批判の立場から日本古代史を科学的態度で明らかにしようとした早稲田大学の津田左右吉は、国粋主義者たちから天皇に対する不敬と非難され、『 (2) 』などの著書が発禁とされ、出版法違反のかどで起訴さえされた。いっぽうこの間、考古学の専門研究も一部で続けられてはいたが、しかし日本国家や天皇制の問題には触れないよう慎重に行われていたのである。
戦後はこうした風潮への深刻な反省と連合国の占領政策もあって、歴史教育は自由かつ科学的な精神で再出発した。国の始まりについても、神話に代わり考古学によって説かれることとなった。もちろん日本の科学的考古学は、明治の日本に (3) を広めたE.S.モースの大森貝塚発掘でつとに開始されてはいたが、まさにアジア・太平洋戦争の後、ようやく本格的に歩みを始めることになったといってよい。
敗戦の翌年には早くも群馬県の岩宿遺跡が相沢忠洋によって発見され、いよいよ日本列島における旧石器時代の存在を知る端緒が開かれ、さらにその翌年には静岡県の登呂遺跡の発掘が開始されて水稲耕作に基づく弥生社会の実態が明らかにされた。またこの年、北海道では網走のモヨロ貝塚の組織的な発掘調査が行われ、それまでほとんど知られることのなかった列島北辺の大陸系古代文化である (4) の存在も明らかにされた。
その後、今日までの間、たとえば旧石器時代の上青森、縄文時代の三内丸山、弥生時代の吉野ヶ里、そして古墳時代では (5) などの諸遺跡が発掘調査され、埋蔵文化財に対する一般市民の関心を呼ぶいっぽう、その着実な研究の成果は日本列島における人々の生活の歴史の実態を明らかにしつつある。
かくて現在では、日本史ことに先史、古代史は単に文献史学のみならず、考古学、人類学、民俗学、さらには関連する社会・自然諸科学との密接なる連携のもとに研究されるようになっている。ところが、いわゆる (6) 古墳については、それらが日本国家形成の問題の科学的解明にとって重要な鍵を握っているにもかかわらず、そのいずれも測量調査さえ許されていない現状にかんして、学界をはじめ各方面から批判が投げかけられている。
〔問〕
(1) 空欄(1)にふさわしい人名を記述解答用紙に記しなさい。
(2) 空欄(2)にふさわしい6文字の書名を記述解答用紙に記しなさい。
(3) 空欄(3)に最もふさわしい語句を次の語群中より選べ。
あ 近代医学 い 進化論 う 唯物史観 え 地質学 お プロテスタンティズム
(4) 空欄(4)に最もふさわしい語句を次の語群中より選べ。
あ 続縄文文化 い 擦文文化 う アイヌ文化 え 貝塚文化 お オホーツク文化
(5) 空欄(5)に最もふさわしい語句を次の語群中より選べ。
あ 高松塚古墳 い 箸墓古墳 う 大仙陵古墳 え 楯築墳丘墓 お 唐古・鍵遺跡
(6) 空欄(6)に最もふさわしい語句を漢字3字で記述解答用紙に記しなさい。