〔Y〕 次のT、Uを読んで、問に答えなさい。
T 平安時代になると密教が広まり、浄土教が流行した。多数の寺院が建てられ、仏像などにも優れた作品が作られた。平安貴族の浄土教信仰を示すものに阿弥陀堂があり、藤原頼通が別荘を寺とした平等院の A は、極楽の蓮池を表した池に面して建てられた阿弥陀堂である。この堂の内には B 作の阿弥陀如来像が安置されている。
源平の内乱の際、奈良の東大寺と興福寺は平重衡によって焼き払われたが、鎌倉幕府成立後、両寺院は復興された。この復興事業には C ・湛慶父子や快慶などの奈良の仏師も活躍した。彼らの作として東大寺南大門の金剛力士像が有名である。
U 中国の南宋画の影響を受けて、写実的表現よりも画家の主観を重んじた作風を日本では南画または文人画と呼んでいる。この作風をわが国で大成した2人の画家が合作した作品が「十便十宜図」である。この2人の画家はa池大雅と D である。
〔問〕
1 空欄Aに当てはまる語句を記述解答用紙の解答欄に漢字で記入しなさい。
2 空欄Bに当てはまる人名を記述解答用紙の解答欄に漢字で記入しなさい。
3 空欄Cに当てはまる人名を記述解答用紙の解答欄に漢字で記入しなさい。
4 空欄Dに当てはまる人名を記述解答用紙の解答欄に漢字で記入しなさい。
5 下線aの人物が活躍した時代に最も近いものを次の文のうちから1つ選べ。
ア 絵巻物が最盛期を迎え、「石山寺縁起絵巻」「一遍上人絵伝」などをはじめ、優れた絵巻物作品が多数製作された。
イ 中国の水墨画法を摂取し、如拙や周文は水墨山水画を描いた。
ウ 風俗画が盛んとなり、狩野永徳の「洛中洛外図屏風」や南蛮人の風俗を描いた南蛮屏風が製作された。
エ 円山応挙やその画風を受け継いだ呉春が活躍した。
オ 浮世絵に歌川広重が出て詩情こまやかな風景画を描いた。
