〔X〕 次の文を読んで、後の問に答えなさい。
1868(慶応4)年3月、明治新政府は五か条の誓文を発した翌日、徒党・キリスト教に関する禁令を出し、治安の維持を図った。また、a1875(明治8)年には讒謗律・新聞紙条例などを制定し、言論統制も本格的に行い始めた。そして自由民権運動が高揚した1880(明治13)年には、 A を公布した。この法令で政府は、政治的会合に制服警察官を派遣して監視させ、警官の判断で会合を解散させることができるようにした。また、bア 福島・喜多方事件、イ 群馬事件、ウ 加波山事件、エ 秩父事件、オ 大阪事件など、激化事件が各地で相次いで起こると、政府はそれまでの治安法を改め、あるいは新しい法を制定し、自由民権運動の弾圧を図った。1887(明治20)年、いわゆる B 運動が起こり反政府運動の機運が全国的に高まった折に制定された C 、1890(明治23)年帝国議会の開設を前に屋外での政談集会や運動を禁止することを定めた集会及政社法なども、その例を示すものである。
一方、日清戦争前後、第一次産業革命が起こり資本主義が著しく発展すると、労働者は劣悪な労働条件の改善を要求して労働運動を展開するようになった。1897(明治30)年、片山潜・高野房太郎らによる D の結成は、そのような動向を伝えるものであって、やがて社会主義運動も生起した。このような動きに衝撃を受けた政府は、c1900(明治33)年、新たな治安法として治安警察法を公布した。
大正期、国内では労働運動・農民運動に加え、普選運動と連動しつつ部落開放運動・女性解放運動・学生運動・住民運動などが起こった。被差別部落民が開放を求めて団結し、 E を創設したこと、d女性が団体を組織し、参政権獲得運動を展開したことなどは、この時期の運動の特色を示している。民衆運動の高揚・展開に対し政府は、1925(大正14)年治安維持法を制定、さらに施行後まもなく「国体」の変革を図る者は死刑にすることもできるなど、同法を改正して治安の強化を図った。この時改正に反対した F が右翼の青年に暗殺されたことはよく知られている。
〔問〕
1 下線aについて。次の各文は、この背景と考えられることについて記したものであるが、不適切なものが1つある。それはどれか。
ア 民撰議院設立の建白書が新聞に掲載され民撰議院論争が活発になった。
イ 台湾出兵などの問題が起こった。
ウ 兵士の反乱“竹橋事件”が起こった。
エ 漸次立憲政体を立てるとの詔勅が出された。
オ 徴兵令反対・地租改正反対など、反政府的な運動が全国的に展開した。
2 空欄Aに入る法令名を記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
3 下線bについて。次の各文は、文中 ア〜オ それぞれの事件について記したものであるが、不適切なものが1つある。どの事件について記した文か。
ア 河野広中らが政府転覆の内乱を企てたとして国事犯に処せられた。
イ 自由党員や農民が妙義山麓に集合、高利貸しや警察署を襲った。
ウ 急進的な自由党員が挙兵し、「自由魁」の幟を立てるなどして周囲の農民に蜂起を呼びかけた。
エ 借金返済に苦しむ農民と自由民権運動とが結合したもので、農民は武装して警察・軍隊と闘った。
オ 大井憲太郎を中心に中国の内政改革を企てたが事前に発覚した。
4 空欄Bに入る語句を記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
5 空欄Cに入る法令名を記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
6 空欄Dに入る語句を記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
7 下線cについて。この時の首相はだれか。
ア 伊藤博文 イ 黒田清隆 ウ 大隈重信 エ 桂太郎 オ 山県有朋
8 空欄Eに入る語句を記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
9 下線dについて。次はこのような運動に関係した人の名を記したものであるが、不適切な人が1人いる。だれか。
ア 市川房枝 イ 伊藤野枝 ウ 奥むめお エ 下田歌子 オ 平塚らいてう
10 空欄Fに入る人の姓名を漢字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。