早稲田大学過去問・日本史解答(法学97)・戦前・戦後の考古学と古代史学

 
解答
1 久米邦武  2 神代史の研究  3 い  4 お  5 あ  6 天皇陵
 
解説
1 久米邦武は1871年に派遣された岩倉遣外使節団に随行して「米欧回覧実記」を著した人物としても有名。
2 「6文字の書名」とあるので正解はこれしかあるまい。津田左右吉は早大出身(当時は東京専門学校)の早大教授経験者。本学での出題頻度は非常に高い。
3 たとえ、このことを知らなくても、モースが「動物学者」であることを思い出せれば、正解にたどりつくことは可能。
4 「モヨロ貝塚」はオホーツク文化の遺跡だが、大学側もさすがにこの知識を問うているわけではない。い.擦文文化が、続縄文文化に東北地方の文化が影響を与えたものなのに対し、お.オホーツク文化は日本列島の文化とは系統を異にするものであることが分かれば、問題文の「大陸系古代文化」などをヒントに解答可能。
5 え・お は弥生時代の遺跡。また、い・う では学術調査自体が行われていない。
6 問題文の第2段落の最後の部分などを手がかりとして推測は可能とはいえ、難問。
 
ワンポイント
 全体として容易には得点を与えてくれない問題が多い。問4・6の難度は特に高く、このあたりでの苦戦は必至だろう。ただ、かつての法学部では、他学部と比べてこの分野からの出題率が特に高く、対策の立てようが無いわけではない。また、受験者層のレベルを考えると、それ以外の設問を完答したうえで、問4・6のどちらかをクリアすることが望まれる。


 
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