古代の大陸交渉

紀元前一世紀の日本

出典:『漢書』地理志
 夫れ楽浪海中に倭人有り。分れて百余国と為る。a歳時を以て来り献見すと云ふ。
注釈: a:「定期的に」の意。
 

一・二世紀の日本

出典:『後漢書』東夷伝
 a建武中元二年、倭の奴国、貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武、賜ふに印綬を以てす。
 b安帝の永初元年、倭の国王帥升等、生口百六十人を献じ、請見を願ふ。
 c桓霊の間、倭国大いに乱れ、更相攻伐して歴年主なし。
注釈: a:57年。 b:107年。 c:後漢の桓帝と霊帝の在位期間(147〜189年)。 
 

邪馬台国

出典:『魏志』倭人伝
〔位置〕
 倭人は帯方の東南大海の中に在り、山島に依りて国邑を為す。旧百余国。漢の時朝見する者あり。今、使訳通ずる所三十国。
〔習俗・社会〕
 ……国々に市あり。有無を交易し、大倭をしてこれを監せしむ。
 女王国より以北には、特に一大率を置き、諸国を検察せしむ。諸国これを畏憚す。常に伊都国に治す。
 下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、或は蹲り或は跪き、両手は地に拠り、之が恭敬を為す。……
〔大陸交渉〕
 a景初二年六月、倭の女王、大夫難升米等を遣はし郡に詣り、天子に詣りて朝献せむことを求む。太守劉夏、吏を遣はし、将つて送りてb京都に詣らしむ。
 その年十二月、詔書して倭の女王に報じて曰く、「……今汝を以て親魏倭王と為し、金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮授せしむ。……」と。
〔卑弥呼死後〕
 卑弥呼以て死す。大いに冢を作る。径百余歩、徇葬する者、奴婢百余人。更に男王を立てしも、国中服せず。更々相誅殺し、当時千余人を殺す。また卑弥呼の宗女壱与年十三なるを立て王と為す。国中遂に定まる。……
注釈: a:史料自体の誤表記。正しくは景初三年(西暦239年)だと考えられる。 b:魏の都である洛陽のこと。
 

朝鮮半島への軍事的進出

出典:高句麗好太王碑文
 百残・新羅は旧是れ属民也。由来朝貢す。而るに倭、a辛卯の年よりこのかた、海を渡りて百残・□□・□羅を破り、以て臣民と為す。b六年丙申を以て王躬ら水軍を率ゐ、残国を討科す。……
注釈: a:391年。 b:396年。この年、高句麗好太(広開土)王が即位している。
 

南朝との交渉

出典:『宋書』倭国伝
 ……興死して弟武立つ。自ら使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事安東大将軍倭国王と称す。
 a順帝の昇明二年、使を遣わし上表をして曰く、「封国は偏遠にして、藩を外に作す。昔より祖禰躬ら甲冑を擐き、山川を跋渉して寧処に遑あらず。東はb毛人を征すること五十五国、西はc衆夷を 服すること六十六国、渡て海北を平ぐること九十五国。」と。詔して武を使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王に除す。
注釈: a:478年。 b:蝦夷のこと。 c:あるいは熊襲のことを指すか。