遣隋使の派遣と仏教の公伝

遣隋使の派遣1

出典:『隋書』倭国伝
 a開皇二十年、倭王あり、姓は阿毎、字はb多利思比孤、阿輩雞彌と号す。使を遣はして闕に詣る。……
 c大業三年、其の王多利思比孤、d使を遣はして朝貢す。使者曰く「聞くならく、海西の菩薩天子重ねて仏法を興すと。故、遣はして朝拝せしめ、兼ねて沙門数十人、来りて仏法を学ぶ」と。其の国書に曰く、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや、云々」と。e帝、之を覧て悦ばず、鴻臚卿に謂ひて曰く、「蛮夷の書、無礼なる有らば、復た以て聞する勿れ」と。明年、上、文林郎裴清を遣はして倭国に使せしむ。
注釈: a:600年。 b:推古天皇。 c:607年。 d:小野妹子。 e:隋の煬帝。
 

遣隋使の派遣2

出典:『日本書紀』
 (a推古天皇十五年)秋七月戊申の朔庚戌、大礼小野臣妹子を大唐に遣す。鞍作福利を以て通事とす。……
 ……(九月)辛巳、唐の客裴世清、罷り帰りぬ。則ち復小野妹子臣を以て大使とす。吉士雄成を以て小使とす。福利を通事とす。唐の客に副へて遣す。爰に天皇、唐の帝を聘ふ。其の辞に曰く、「東の天皇、敬みて西の皇帝に白す。使人鴻臚寺の掌客裴世清等至りて、久しき憶、方に解けぬ。……」と。是の時に、唐の国に遣はすは学生倭漢直福因・奈羅訳語恵明・b高向漢人玄理・新漢人大圀、学問僧新漢人c日文、南淵漢人請安・志賀漢人慧隠・新漢人広済等、并て八人なり。
注釈: a:607年。 b:のちに大化の改新で僧旻とともに国博士となる。 c:僧旻。
 

仏教の伝来1

出典:『扶桑略記』
 a継体天皇即位十六年壬寅、大唐漢人案部村主b司馬達止、此の年の春二月に入朝す。即ち草堂を大和国高市郡坂田原に結び、本尊を安置し、帰依礼拝す。世を挙げて皆云う、「是れ大唐の神なり」と。
注釈: a:522年。 b:司馬達等のこと。彼は鞍作鳥(止利仏師)の祖父。
 

仏教の伝来2

出典:『上宮聖徳法王帝説』
 a志癸嶋天皇の御世に、b戊午の年の十月十二日に、c百斉国の主明王、始めて仏の像経教并て僧等を度し奉る。勅して蘇我稲目宿禰大臣に授け、興し隆えしむ。
注釈: a:欽明天皇のこと。 b:538年。 c:百済の聖明王を指す。
 

仏教の伝来3

出典:『日本書紀』
 (a欽明天皇十三年)冬十月、百済の聖明王、……釈迦仏の金銅像一軀、幡蓋若干、経論若干巻を献る。……(天皇)乃ち群臣に歴問して曰はく、「西蕃の献れる仏の相貌端厳し。全ら未だ曾て有ず。礼ふべきや不や」と。蘇我大臣稲目宿禰奏して曰さく、「西蕃の諸国、一らに皆礼ふ。豊秋日本、豈独り背かんや」と。物部大連尾輿、中臣連鎌子、同じく奏して曰さく、「我が国家の、天下に王とましますは、恒に天地社稷の百八十神をもて、春夏秋冬、祭拝りたまふことを事とす。方に今改めてb蕃神を拝みたまはば、恐るらくは国神の怒を致したまはん」と。天皇曰く、「情願ふ人稲目宿禰に付けて、試に礼ひ拝ましむべし」と。
注釈: a:552年。 b:読みは「あだしくにのかみ」。他の国の神(仏)という意味。